「絹扇」福井の織物業界、激動の近代を生きる女性の一代記。津村節子

「絹扇」がどのような作品なのか、読者によるあらすじと感想です。


出典:https://www.amazon.co.jp

「絹扇」を読んだきっかけ

福井県出身の知り合いがいて、その実家が昔々、織物産業を営んでいたことから興味をもった。福井というと羽二重餅が有名だけど、羽二重そのものや福井の織物産業についてはよく知らないな、と思っていたところ、まさに福井の織物産業を舞台にしたこの小説に出会い、早速読んでみました。

どんな小説?

福井県の織物産業をテーマに、そこでたくましく生きる女性の目線を通して、様々な出来事が描かれます。

ここで起きることは決して福井という地方都市だけのことではなく、ここから日本の近代の産業化の過程やその時代を生きた人びとの価値観などを知ることができます。また一人の女性が困難に出会いながらも力強く生きる、成長物語としても読み応えが十分です。

あらすじ

「絹扇」は、明治から大正期を生きた一人の女性の物語です。舞台は福井県、現在の坂井市や春江町を中心に展開します。

この頃、福井では織物産業が発展しました。「絹扇」には、その織物産業の周辺にいきる人々が丁寧に描写されていて、近代の産業発展の時代に生きた人々の歴史を知ることもできる物語となっています。

主人公は「ちよ」。物語はちよの幼少期から始まる。まだ、男尊女卑の価値観が根強く、福井のような田舎ではなおさらのこと、女子に学校教育を受けさせるということが珍しかった時代。学校で勉強することにあこがれを抱くちよも、例外なく一家の働き手としての役割を与えられ、まだ年の幼い頃より下の弟妹の世話や家業の雑用に忙しい日々を送っていました。

ちよの実家は機屋(はたや)。一家では父や母、そして彼女自身が総出で働いて、家内産業としていろいろな織物を生産していました。ちよには、織物の担い手として特別な才能があったようです。家族の手伝いをするうちに、自分でも織物のコツをつかみ、その魅力にとりつかれていくようなりました。

この頃の福井は、未だ古い価値観の残る地方でしたが、その一方で、日本の近代化に伴い、同地にも近代化、産業化の波がやってきました。バッタン機と呼ばれる新しい技術が、福井の織物産業にも取り入れられるようになり、やがて福井は群馬県を抜いて日本一の織物産業の地になります。

そんな中、ちよはひょんなことから、一人の男性に見初められます。その男、西山順二は、近所でも評判の機屋の次男で、やがては本家から独立し、織物の巨大産業を築くという野心を持っています。つまり、幼少期より懸命に働いたちよの織物の経験が見込まれたのです。

順二のもとに嫁いだちよは、自身の技術や経験を生かして、激動の時代を必死に生き抜きます。浮き沈みの激しい織物業界、関東大震災などの災厄、順二の女性問題など、数々の困難に見舞われながら、ちよは何を考え、どのような行動をとるのか。そして遂に、夫、順二に最大の不幸が訪れたとき、ちよはその苦難をいかに乗り越えるのか。一人の女性の一代記。

読んだ感想

一言で言えば、ばったん、ばったんと、まるで工場の中で織物を織る様子が聞こえてきそうな小説。日本近代の織物産業の歴史や、当時の最新技術が導入された様子、さらにはそこで働いた女工たちの姿まで、福井の織物産業というテーマがしっかりと描かれ、丁寧に描写されている。

もちろん歴史研究や民俗学などでは、当時の様子についてより詳細な記録が残されているけれど、そういうものは詳細すぎてなかなか理解することが難しい。けれども「絹扇」は小説だけあって、登場人物の会話や心情によって織物産業に携わるものの様子が様々な角度から描かれている。

そうして物語をたどるうちに気が付けば、当時の様子をありありと思い描けるようになっていました。最近では村田喜代子さんが八幡製鉄所を生きた人びとをテーマにして『八幡炎炎記」を記したりしていますが、「絹扇」は産業化の時代を生きた人びとの物語の先駆けと言えます。

Amazonや楽天で購入して読むことができます。電子書籍はありません。

他の電子書籍サイトでも「絹扇」の電子版は読むことができません。

honto では、紙の本を購入することができます。

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