「ゆれる」がどのような作品なのか、読者によるあらすじと感想です。
「ゆれる」を読んだきっかけ
2006年に「ゆれる」の映画が公開された、監督の西川美和氏が書き下ろした小説です。
当時わたしは映画のほうに興味があったのですが、都合がつかなくて結局観に行けず、その後本屋さんで偶然見かけたのをきっかけに読んでみることにしました。そのときは、内容がこんなに濃い作品だとは思いもしなかったのです。
どんな小説?
人間の行動には、必ず理由があります。なぜそう言ったのか、どうしてそこを見たのか、などすべてにひとの気持ちがつながっています。その動きやゆらぎを、作中に出てくる「吊り橋」というものが見事に本質を現していて、読んでいると自分が小さく揺れているような不安定な気分になってきました。
登場人物の言動や心の動きに、いちいち言葉にして説明はしないまでも、様々な人物のかたりによって想像はどんどん具体的に脳裏に浮かんできます。自分にも思い当たる行動はいくつもありました。そう、普通はひとってこうするよね、と。
あらすじ
写真家の早川猛は、母の一周忌に久々に実家に帰ります。仕事の成功と引き換えに置き去りにした故郷と家族に、後ろめたさと嫌気を織り交ぜた気持ちを、小言を言う父にぶつけ始めたとき、兄の稔がその場を取り成しました。
控えめで真面目一辺倒、家業を継いで鄙びた町で細々とガソリンスタンドを切り盛りしている稔は、今も独身で父と暮らしています。スタンドには、ふたりの幼馴染の智恵子が働いていて、稔が智恵子のことを想っていることを知った猛は、十数年前に自分が捨てた智恵子と、兄にあてつけるように一夜を共にします。
翌日、小さい頃によく両親に連れられて行った渓谷へ三人で出かけますが、そこで智恵子は稔のいない間に、猛との過去を愛おしむように話し始めました。猛は、そんな智恵子を空恐ろしく感じるのです。
それから、吊り橋の上で今度は稔と二人きりになった智恵子ですが、そこから激流の渓谷へ落下してしまいます。猛は稔をかばうため、智恵子が自分で滑り落ちたと言うつもりでした。しかし稔は・・・。
感想
ストーリーは単純です。故郷を疎む自由人の弟と、実直な兄との長年の確執と両親とのほろ苦い思い出が核となっていて、そこへ幼馴染の智恵子への複雑な思いが絡み、智恵子が死んだことによって露わになっていくそれぞれの本当の気持ち。
しかし、なぜそうだったのかの説明はすべてにおいて納得のいく物語でした。感情のひだのずっと奥まで、そぉっと覗いて全部ほじり出したような作品でした。登場人物たちの立場に立ってみて、そんな感情なら仕方ないと幾度も思いました。
でも、やっぱりこれは兄弟の愛憎のお話です。猛と稔の、小さい頃から今の今まで絡められたお互いの怒りと愛、苦痛とためらい、その濃さに息苦しくなって何度も同じ文章を読み返しました。
ひとの心の機微は、理屈ではありません。でも、その流れを知ると含蓄がいくのです。先に映画の存在を知って、キャストもわかっていたのでまさにぴったりの配役だと感じました。読んでいるとき、キャストの人々の声が聞こえてくるようでした。
そして、この作品を生み出した西川監督の非凡さに驚き、ひとへの洞察力の鋭さに感嘆しました。もっとこの作品がたくさんのひとの目に留まってほしいと心から思いました。
そして同時に、人間はこんなにもひとを必要とし、寂しさを抱え、愛を持てるものなんだと心が震えました。
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