「密やかな結晶」がどのような作品なのか、読者によるあらすじと感想です。
「密やかな結晶」を読んだきっかけ
元々、小川洋子の作品が好きでしたが、「密やかな結晶」は読んだことがありませんでした。そこは偶然、自分がファンのアメリカ人脚本家が本作の脚本を書くかもしれないという記事を読み、手に取ってみたのが、本作を読んだきっかけです。
どんな小説?
「密やかな結晶」は、「妊娠カレンダー」で芥川賞を受賞した作家、小川洋子著のSF長編作品です。2018年に石原さとみ主演で舞台化されています。また、2020年には世界的に権威のある文学賞の一つである英国のブッカー賞の国際版である「ブッカー国際賞」の最終候補6作品に選出され、話題になりました。
あらすじ
主人公の“わたし”はとある島で平和な一人暮らしをする作家です。しかしその島では、「あるものの概念が突然“消滅する”」という現象が起きます。
例えば、香水やリボンなど、身の回りにあるものの概念が消滅すると決まれば、島民たちは対象となるものを次々と捨てていき、翌日から島民のほとんどがその概念を忘れてしまいます。この理不尽とも言える現象を、多くの人は受け入れて暮らしているのです。
しかし、島民の全員がこの現象の通り全てを忘れるかと言うと、そうではありません。島民の中には、概念の消滅が起きた後でも、それらを覚えていられる人たちがいます。記憶を保持したままでいることが、“秘密警察”に気づかれてしまうと、身柄を拘束されてしまいます。何を隠そう、主人公の“わたし”の母親も記憶を残しておける側の人間だったため、今はもう“わたし”の元を離れているのです。
そして、“わたし”の身近な人でもう一人、母親と同じように記憶を残せる人間がいることが発覚しました。それが、“わたし”の小説を担当する出版社のR氏です。穏やかな性格で、日頃から“わたし”の創作活動を支えていてくれたR氏の身が危険に晒されていると知った“わたし”は、彼の身を自宅の一角に隠す計画を立てます。
子どもの頃からの付き合いのおじいさんと共に家を改造し、“わたし”は狭い空間にR氏を保護して暮らすようになります。 その間も、着々と概念の消滅は続きます。次第にそれは、単なる生活用品だけでなく、“わたし”に取って大切な思い出や生き甲斐までも対象とします。
しかし、どれだけ大切なものであっても翌日には忘れてしまう。その姿を見たR氏は、懸命に“わたし”に概念を伝えようとしますが、一度忘れたものは取り返せません。そうして繰り返される消滅の果てに、やがて二人はそれぞれの着地点に辿り着くのです。
読んだ感想
「概念の消滅」という仰々しい題材を扱っているにも関わらず、まるで「とある島に暮らす作家の丁寧な暮らしのエッセイ」のような雰囲気の文体で物語が進むので、とても読みやすく感じました。
しかし、その読みやすさや穏やかな雰囲気が、消滅という現象の不気味さを際立たせるのです。何もかもを忘れてしまう“わたし”と、何もかもを覚えているR氏のやり取りも、優しいながらも切ないものがあります。
二人の心の交流や、ものを忘れていく“わたし”の様子を読み進めて行くと、消滅が進む物語でありながらも、心が穏やかになり癒されていくのがわかります。悲しい話のはずなのに、何故かもっと続いてほしい、終わらないで欲しいと思ってしまうほど、心地よい物語です。
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